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2007年12月21日

人権

人間にはこれがあります!

人権(じんけん)とは、人の権利。通常は基本権や基本的人権 (fundamental human rights) と同義のものとしてとらえられる。ただし、基本権という場合とは違い、他人から与えられたのではなく生来的に有するものであるというニュアンスで語られることが多い。

起源
人権の特徴は通常、

人間が人間であるということを根拠として発生するものである点。(ヨーロッパで最初に主張されたときは神賦とされた。)
その権利を持つこと、自由に行使あるいは保留することが当然であり、自然である点(これは啓蒙主義時代の人権が自然権と呼ばれたことに由来する。封建制度における階級ごとに異なる制度的権利と対比された。)
の二つにあるとされる。

ホッブズの最初に唱えた社会契約説によれば聖書に記述されている楽園(原始社会)においても(自然に)存在した権利である生命権と自由権が自然権とされる。このような平和な無国家状態も人口の拡大とともに紛争が必然となる。この混乱を避けるために個人は国家主権(国王)に対して自然権を完全に放棄し絶対王政の国家を確立すべきであると主張された。これに反発したロックの社会契約説によれば個人は人権を守るために人権を国家に委託するのであって国家が人権を侵害する正当性はそれに属する個人の人権や私権を保護するために存在するとされた。よって人権を不必要に侵害する暴政に対して人民は革命の権利を有すると主張された。ちなみにロックは原始社会にも個人所有が存在したと主張し、財産権を生命権と自由権に次ぐ自然権とした。彼が経済自由主義の始祖とされる理由である。どちらにしてもホッブズが最初に提起した自然権と社会契約説がその後の欧米政治思想の基本となったため人権は現時点での法哲学の論争の淵源であるといえる。

人権の観念の成立後も国家によって人権が侵害されたことは、歴史的にみての事実であるが、人権の国家による侵害がどの程度において許容されるかはいまだ解決されていない論争である。多くの人権侵害、場合によっては大量虐殺が国家の維持あるいは全人民の名のもとに行われたのは事実である。日本国憲法においては人権の維持に不断の努力を要するとする。しかし人権は法律上「生来」のものとされているが「絶対」のものとはされていない。ロックなどの自由主義が最初に主張されたときから権利を守るための権利の侵害は正当化されており、ロックやミルあるいはカントなどの代表的な自由主義者・人権論者が死刑あるいは戦争を条件付で肯定した理由がそれである。日本国憲法においても人権侵害は公共の福祉の元に正当化されており、この場合の境界は司法の判断に任されている。

かつては、人権の根拠は自然法つまり神に求められていた。しかし、世俗主義の現代においては人権そのものが根拠・命題と自然法論では主張される。これが日本においては個人の尊厳に求められる。日本国憲法第13条の「個人の尊厳」は、この意味に解される。この場合人権の観念は憲法も含めた法律の上に位置付けられる。一方で法実証論においては人権の根拠は単純に法律(殆どの国では憲法)にあるとされる。
(以上、ウィキペディアより引用)

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